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多摩川の見どころ多摩川歴史さんぽ−各地区共通多摩川・秋川の砂利採取と輸送「玉川砂利」と砂利採取業の成立かつて多摩川は「玉川砂利」と呼ばれた良質な砂利の宝庫でした。多摩川の砂利は、東京の発展にとって重要な役割を果たし、昭和39年(1964)9月に商業的砂利採取が全面禁止されるまで、東京をはじめ京浜地域の発展とともに歩んできました。多摩川は、昭和2年(1926)頃までわが国の河川で最大の砂利の生産高をあげていました。雲取山などに源を発し峡谷を刻む多摩川は、平坦地に出る青梅市から下流に大量の土砂を供給・堆積しました。 近世期以前の砂利の利用状況はよくわかっていません。江戸時代、道や石垣などに砂利が使われていたという記録はありますが、需要は多くなく、移動距離も短かかったとみられています。 幕末の慶応3年(1868)には、幕府により羽村から玉川上水を利用した砂利輸送計画が立てられました。江戸市中で外国人の馬車の往来が増えたことから、道の補修のため大量の砂利が必要となったのです。筏の試験航行などの調査も行われ、砂利輸送は実現間近の段階までいきましたが、江戸幕府が倒れたことで計画は白紙となりました。新政府によって玉川上水通船事業は実現し、約2年間にわたり物資が往来しましたが、実際に砂利輸送が行われたかどうかは不明です。 明治維新以降、京浜地域の発展に伴う需要の増加は、砂利の商品化を促し、多摩川に砂利採取業者が成立しました。多摩川の砂利は、東京では高級品でほとんどはコンクリート用でした。東京市内の道路用砂利は、主に神田川などの砂利が用いられましたが次第に不足し、多摩川産の砂利需要は増してきました。明治25年(1892)、甲武鉄道会社(JR中央本線)が中央線鉄橋下流(立川市)に鉄道を敷いて砂利採取を始めます。多摩川での砂利採取は下流部だけでなく、次第に中流部でも行われるようになっていきました。 ■昭和38年(1963)の多摩川の砂利採取場 砂利採取地の拡大■多摩川の砂利採取許可数量(大正13年)
首都の都市づくりは着々と進められ、砂利採取地は上流に向かって伸び採取量も増加していきました。府中市から立川市にかけての河川敷で、盛んに砂利が採取されるようになりますが、明治27、8年頃からは品質が良いということで羽村周辺での採取もはじまりました。砂利は馬車で東京まで運ばれていましたが、やがて青梅鉄道を利用して小作駅から積出しされるようになります。河原から駅までは馬車で運ぶため、馬方の仕事が多く、大正時代、羽村には常時100頭ほどの馬がいて砂利運搬に従事したといいます。大正6年(1917)には東京市が武蔵境浄水場の建設用砂利の採取を小作ではじめました。 大正12年の関東大震災後の復興を契機に、京浜地域への砂利は多摩川以外の河川からも大量に移入されましたが、多摩川の砂利も増産を重ね、わが国最大の生産量を誇るようになりました。国内の砂利生産量のほぼ4割前後を占めていたとされています。 大正13年(1924)における砂利の採取許可数量をみると、多摩川全体での許可面積は約3.8kuに及び、許可数量は約112.7万m3となっています。現在の府中から立川、昭島を中心とする北多摩郡がもっとも多く、全許可数量の約41%に達しています。拝島付近での生産量は12万t内外で、そのうちの約10.5万tが都内へと出荷されました。 昭和元年(1925)には上流域での砂利採取はさらに進み、青梅鉄道で運ばれる拝島より上流の地域での砂利の総量は33.8万tに達し、立川で中央本線から分岐する多摩川側線で運ばれる総量が30万tでこれに次ぎました。 ■貨車貸切車票(青梅鉄道・河岸積込所発) なお、青梅鉄道(株)でも震災後の復興資材の供給のため、独自に多摩川に砂利採集場を整備し搬出用の貨物線を建設しました。昭和2年(1927)、羽村境の河岸積込所から福生駅に至る1.8kmの砂利運搬線が敷設されました。昭和34年(1959)まで砂利輸送は存続しました。玉川上水に架かる現在の加美上水橋は、この時の砂利運搬線の鉄橋が歩道橋へと転用されたものです。 砂利採取の停止第二次大戦後の復興期には建設ラッシュの到来によって、多摩川の砂利採取はいっそう盛んに行われました。コンクリート需要の急速な伸びから、砂や砂利の採取量が増大し、多摩川の河原には砂利穴(採取跡)が至るところに出来ました。やがて過剰な採取によって河床低下が起こり、水位の低下や鉄橋・道路橋など構築物の土台も危険になってきたことから、昭和39年(1964)に多摩川での砂利採取は全面的に禁止となりました。 ■多摩川の砂利採取(拝島橋付近)昭和32年 (参考文献・『昭島市史』、『羽村町史』、『江戸上水通船の一要因―幕府の砂利輸送計画―』、『新多摩川誌』、『青梅電気鉄道を偲ぶ・その3(鉄道ファン1993.4)』) |
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