TOP > 多摩川の魅力と人の動き > 多摩川の見どころ > 多摩川歴史さんぽ > 福生地区 > 22.加美上水公園(旧堀跡)
■御上水御堀替地所絵図面(元文5年)
出典:福生市史上巻
■工事費の分担割合
■旧堀跡位置図
出典:福生市文化財マップ
■川崎平右衛門定孝の像(小平市海岸寺)
出典:京浜河川事務所HP
玉川上水の完成から約90年後の元文5年(1740)、度重なる洪水被害を避けるため新しい水路へと堀替えが行われました。区間は宮本橋上流100m地点から新堀橋上流600m地点までの全長約600m。工事予算4000両で着工の運びとなりました。元来玉川上水の維持管理には少なからぬ費用を必要としていましたが、これを補うものとして普請金、水銀などが全て上水利用者からの徴収に頼っており、同工事は普請金のうち「仕置普請」という幕府の立替払い方式(完成後に利用者から工事費を取り立てて幕府に返還)によってまかなわれました。
直接指揮は当時武蔵野新田の開発に代官の配下として携わっていた川崎平右衛門が担当。平右衛門はもと府中領押立村の名主であったが、すぐれた農政家で土木技術にも熟達していたことから幕府に登用されました。破格の大工事に、地元福生村では大量の労働人口が一時的に流入したことで、経済変化や治安の問題など地元に及ぼした影響は計り知れないものだったと考えられています。
開削以来100万都市江戸を潤した玉川上水は、昭和40年の新浄水場の完成によって330年にわたる務めをほぼ終えました。数万の人々によって穿たれた新堀も、完成後250年を経て、天然の渓谷と見まがうばかりに周囲の景観と調和し「東京百景」の一つに数えられ、また旧上水路も市の史跡に指定されています。
福生市では、玉川上水にまつわる歴史的環境を市民の文化財として永く後世に引き継ぐべきものという考えのもと、2箇所の史跡公園を開設しました。昭和59年に旧上水路の遺構を活かした「多摩川緑地福生加美上水公園」を開園。平成2年開園の「水喰土公園」とともに、森林浴にも適した市民の憩いの場となり、福生十景の一つにも数えられています。
(参考文献・『福生市史上巻』、『福生市史下巻』、『福生歴史物語』)
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国土交通省京浜河川事務所 河川環境課 Tel:045-503-4011 e-mail:keihin-renkei@ktr.mlit.go.jp