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多摩川百科事典

よくある質問集

多摩川相談室などに呼せられた質問のなかから代表的な質問を紹介します。

多摩川あれこれ 多摩川の水質 多摩川に生息する生物 多摩川の歴史


多摩川あれこれ

質問事項 回答
水源から海までの長さは、どれくらいありますか? 源流の山梨県笠取山から河口の羽田沖の東京湾まで、全長138kmあります。流域面積は1,240km2で、山梨、東京、神奈川県を流れる一級河川です。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川は日本の一級河川の中で何番目に長い川ですか? 全国にある109の一級河川の中で、多摩川の幹線流路延長は138km、25位となります。また1位は信濃川367km、2位は利根川322km、3位は石狩川268kmとなっています。なお以上の数値は、全国の一級河川109水系の支川を除く本川のみの延長を比較したデータです。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川で最大の川幅の場所を教えてください。 川幅は、堤防と堤防の間(天端)で一番広いところ(但し支川合流部を除く)の長さですので、河口部が一番広く、約620mあります。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川の深さは何mぐらいですか。また、大雨がふると深さは何mになりますか。 多摩川の深さは、場所や時間等により常に変わりますが、例えば田園調布(上)水位観測所(大田区田園調布1丁目、東急東横線鉄橋より300m位上流)では約3.7mくらいです。それが大雨になると、9月に約8.2mくらいの深さになった時もありました。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川の流れの速さはどのぐらいですか。 速さも場所や時間などにより常に変わりますが、例えば石原流量観測所(調布市多摩川三丁目、多摩河原橋下流側)では普段は約毎秒0.3〜0.4mですが、速いときは約毎秒3.3mというデータがあります。
地形により速さが変わる原因としては、川底面の勾配が急であると速くなり、平坦に近くなると遅くなります。
一般的に山間部や上流は勾配が急であり、海に近くなると平坦になってきます。
また、川幅が狭いと速くなり、広くなると遅くなります。川の曲り角ではカーブの外側が速くなり、内側は遅くなります。
これらの組み合わせで、例えば上流で川幅が狭い場合はより速くなります。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川は日本の「名川百選」に指定されているのですか? 名川百選はありませんが、環境省選定の名水百選の中に御岳渓流が選ばれています。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川の上流はどんな所ですか? 多摩川は、山梨県塩山市の笠取山(標高1953m)を水源とし、東京湾に注ぐ流路延長約138km、流域面積約1240km2の河川です。
笠取山から約64kmは奥多摩の山地を平均1/27の勾配で一気に下り青梅で平野に出ます。また、中間には東京の水がめとなっている小河内ダムが造られています。この山間部を流れ出た水の大部分は、青梅から下流約13kmにある羽村堰で東京の水道水として取水されています。
多摩川の源流は河川の地形的区分では、一般に青梅より上流の山間部を指しますが、東京の水道の源流という意味では羽村堰上流の区間とその流域と捉えることができます。
羽村堰上流の源流域の面積は約487km2で、そのうち上流側の43%は山梨県、下流側は東京都に属しています。また、流域の90%以上は森林で、約半分がイヌブナ、モミなどの天然林、残りはスギ・ヒノキ・カラマツなどの植林地とし維持管理されています。これらの森林地帯は、青梅上流の一部区域等を除いた大半の区域は秩父多摩甲斐国立公園及び、水道涵養保安林等に指定され自然環境の保全が図られています。
さらに、この流域の44%(216km2)に及ぶ広大な森林は東京都の水道水源林となっており、東京都水道局が直接、水源涵養機能を重視した管理を行なっていることが大きな特徴です。また、源流域の山梨県小菅村、丹波村及び、東京都奥多摩町等では林業理や観光の拠点として約1万人の方々が生活していますが、森林の維持管理のみならず、集落下水道などを積極的に整備することにより清流を守っています。
このように多摩川の源流は、東京都の水道水源林を主体にして源流の保全が図られ、美しい渓谷と美林に彩られた地域が形成されています。
なお、この美しい渓谷と緑を舞台に「多摩川源流研究所」が活動しています。興味のある方は(http://www.tamagawagenryu.net)へお問い合わせください。
中流部は、どの辺りになるのですか? 特に、決まってはいないのですが、大体世田谷区の東名から府中市の四谷辺りまでが中流部になります。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川の持ち主は誰ですか? 川は、私達が生活する以前からとうとうとして流れていた自然です。
また、川は一般的には、水の流れと一体になった土地や自然をさします。
この川の水と自然の恵みにより、私たちの生活が築かれてきました。さらに、大きな台風などによる洪水を防ぐために、長い時間かけて多くの人々の懸命な努力が続けられてきました。
このような水と土地を一人一人の都合で使ったとしたら大雨のたびに水があふれたり、あるいは下流で水がなくなったりするなど大混乱することは明らかです。
このため、川は“みんなの共有のもの「公物(こうぶつ)」としてルールを設けて適切に使うことが必要になります。川は、河川法という法律によって、洪水への対策の方法や土地、水などを適切に使用し管理するためのルールが定められています。
ただし、川は、「公物」ですから川で遊んだり散策したり水遊びをするなど他の人に迷惑をかけない範囲では自由に使用できること」が基本となっています。
また、川は道路と異なり豊かな流れとともに砂利やヨシ・オギなど植物や魚・鳥など多くの自然に恵まれていることが大きな特徴です。このような多くの自然を含めて「公物」としてみんなで守り育んでいくことが大切になります。
このような性格を踏まえ、多摩川の場合には河川法にもとづき、国の重要な河川として国土交通大臣が維持・管理しており、その具体的な仕事は「関東地方整備局京浜河川事務所」が行っています。
1級河川と2級河川の違いを教えてください。 1級河川は、大臣が指定していてそれに基づいて国が管理をしていて、とても重要なものとなります。2級河川は、県が管理をしています。多摩川の源流部になると、都の管理となり、多摩川全体を国が管理をしているわけではありません。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川にワンドはどのくらいあるのでしょうか?
また、その分布図みたいなものはどこにいったらてにはいるのでしょうか?
ワンドという言葉は、河川のどの部分をさすのか厳密な定義はありません。一般には、川の水面流れが岸側や上流側に窪んで入江状になった部分を指しています。この入江状の部分は、川の流れの跡や護岸などの影響により自然にできます。このようなワンドは多摩川の各所に大小さまざまなかたちで分布し、刻々と変化しており、数えるのは困難です。近くの多摩川に出て、入江状になった場所を探してみてください。
また、ワンドは流れがないので魚などの格好な産卵の場所や増水時の避難の場所となるため、近年、自然環境の回復のために人工的に造成される場合もあります。多摩川では、二ヶ領上河原堰下流左岸の上河原ワンド、日野用水堰上流左岸の昭島水辺の楽校のワンドなどが代表的なものです。自然にできた大きなワンドなどは航空写真で判読できます。多摩川の航空写真は二ヶ領せせらぎ館の床に印刷されておりますし、多摩川を管理している国土交通省京浜河川事務所でも閲覧できます。航空写真からワンドを探してみてはいかがでしょうか。
(回答:淡水魚類研究者の君塚芳輝氏と相談し作成)

多摩川の水質

質問事項 回答
子供の夏休みの宿題で、多摩川の上流・中流・下流の水質の違いについて調べていて、いくつか質問があるのですが。
・上流・中流・下流の水質の違い。
・水の色の汚れの違い。
多摩川の上流から下流を15箇所で月1回水質調査を行っておりますが、上流部では比較的良好な水質を保っておりますが、中下流部では生活排水などの流入により水質は悪化する傾向を示します。
川の色は、水中に溶解している不純物や浮遊物などに左右されるため、河川の状況により変化していると考えられます。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
子供が(小学生)授業で多摩川の水質について調べています。
昔と今では水がきれいになっていると思うのですが、どのように工夫して、どのような努力があったのか教えてください
また、どのように調べればよいのか教えてください。
多摩川の水質は1970年頃に比べて、かなりきれいになりました。
きれいになった理由として、まず下水道の整備が考えられます。生活排水や工場排水などが、処理場で処理されてから多摩川に流れ込むようになっためです。また、家庭での生活雑排水対策(三角コーナーで固形物を取り除く、食べ残430しなどは拭き取って水に流さない、廃食油は適切に処理するなど)も効果的であったと思います。
水を汚さないという、一人ひとりの心がけが大切です。
水質はパックテストなど簡易法で簡単に調べることができます。詳細な方法等は、本を参考にして下さい。
例えば、小倉紀雄「調べる・身近な水」講談社 などの本があります。
(回答:小倉紀雄)
多摩川の川のことについて調べていますが、水質を計るときに出てくるCODの意味がわかりません。簡単にわかりやすく教えて下さい、 CODとは、水のよごれを表す指標(調査する項目)で、水の中に有機物(食事の時の食べ残しや排泄物に含まれている)が多いと大きな数値を示します。多摩川の大師橋付近では2〜3mg/l(1リットル中に何ミリグラム入っているか:PPMで表示されていることもある)程度だと思います。簡単に調査する方法として、パックテストがあります。みそ汁やお酒、ジュースなどは100mg/lを大きく超えています。(蒸留水で薄めて実験するとわかる)
(回答:国土交通省京浜河川事務所)

多摩川に生息する生物

質問事項 回答
多摩川の上流〜下流に住んでいる魚たちは、水温に関係ありますか? 魚類が生きていくための環境は、それぞれ異なってきます。例えば、スズキやマハゼなどの魚は、汽水域と呼ばれる淡水と海水が混ざる水域を好みます。また、非常にきれいな水質を好む魚もいれば、コイなどのように多少の汚れでも生息できる種類の魚もいます。水温についても水温の低いものを好む魚類もいます。一般的に水温の低い上流部で確認されている「ヤマメ」は、真夏でも水温が20℃を越えることがないようなところに生息する魚です。
魚が食べる食べ物はどういう物があるのですか。また、魚のエサはどの辺りに沢山あるのですか。 ミミズ・水生昆虫、エビ・カニ・コケ等などがあります。
それらは、川岸・浅瀬・ワンド・川底などにいます。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川で鮎の餌釣りしたいと考えていますが、水温が高くなると鮎の常食とする「コケ」が死滅し、餌にも鮎が反応すると聞きました。多摩川で水温がいちばん上昇する時期を教えて下さい? 場所、天候、流量等の条件により日々異なると思われ、一慨に時期は言えませんが、数日間降雨がなく、猛暑が続いた日は当然、水温が高いと考えられます。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川にはどれだけの植物がありますか? 多摩川は河口から約54kmの所に羽村堰がありそのすぐ上流から堤防が始まります。堤防に挟まれた区域は、水が流れている場所、護岸などの構造物、砂礫の植物が生えていない場所、植物が生えている場所に区分されます。
水が流れている場所を除いた河川敷の約8割に植物が生えており、この区間の河川敷では1999年の調査では132科811種(淺川支流を含む)植物が確認されています。そのうち樹林は9.7%、草原は90.3%となっています。また、樹林の種類はハリエンジュ(ニセアカシヤ)が最も多く、次いでオニグルミ、イヌコリヤナギなどの林が多くなっています。一方、草原ではオギの草原が最も多く、チガヤ−ススキなどの草原が次いでいます。又近年ではオオブタクサやアレチウリなどの帰化植物が多くなっていることも大きな特徴です。
(回答:植物生態学者佐々木寧先生に相談し作成)

多摩川の歴史

質問事項 回答
多摩川という名前は、誰がつけたかわかりますか? いろいろな説があります。例えば平安時代に出された「倭名類聚抄」には武蔵国府多麿郡という表記があり「多磨」を「タマ」ではなく「タバ」と読ませています。多麿郡に大丹波、小丹波という村があったという説、水源が甲州都留郡丹波山村にあったため「丹波川」と呼んたという説などがあります。いずれにしても誰がつけたかはわかりません。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
昔の人は多摩川のことをどう思っていたんでしょうか。 多摩川は江戸時代には、毎年のように洪水がやってきて、そのたびに川沿いでは多くの命が奪われたり田畑が流されたりして、人々のくらしは常におびやかされてきました。
そのため堤防を築いたり、川の流れを変えたり、いろいろな洪水対策を行ってきています。
中国では「水を制する者は国を治める」という言葉がありますが、水を治めることはとても重要なことであることは多摩川も同じことが言えます。
現在は川沿いに多くの人々が住み、多くの企業などがありますので、人命、財産を守るため更に安全な川づくりが望まれています。
このように一度あばれると大きな被害を出していた川も、昔は山から切り出した木材を江戸へ運ぶ重要な運送路でした。
多摩川の水質は和紙の生産に適しているため多摩川和唐紙が考案され江戸で使われていました。
また、たくさんの酒造元が多摩川の湧水や地下水を利用し、お酒が造られてきました。
もちろん農業用水として農産物の生産には、かかせないものでした。飲料水としての大きな役割は昔も今も変わっていません。
このように川と人とのかかわりは切り離すことはできませんし、その中で、あるときは災害をもたらすものでありあるときは恵をもたらすものでした。 昔の人は、このような多摩川をにくらしく思うこともあったでしょうが、感謝をしたときもあったのではないでしょうか。
(回答:国土交通省京浜河川事務所)
多摩川は江戸時代(?)に水運が盛んであったということですが、具体的な情報はどこで調べることができますか?経路や船着き場の位置、運んでいた物の内容、等が知りたいのですが。 多摩川の水運は大きく分けて荷物の運搬、渡船、いかだ流しの三種類があります。
多摩川は、江戸市街地の南側に位置し、河口には大きな城下町などはありません。また、比較的流れが速いことが特徴です。このため、船による荷物の運搬は河口から中流の是政までの間に限られ、年貢米の津出し、近傍の農作物や肥料等の運搬に使われていました。
一方、江戸に通じる東海道、甲州街道をはじめとする大きな街道が多摩川を横切っています。このため沿岸には多くの“渡し場”が設けられていました。
さらに、上流には奥多摩の豊な森林が広がります。このため、江戸市街地の木材需要を充たすため、山から切り出した材木を筏に組み、下流まで流す“いかだ流し”が盛んに行われていました。
こららのことは、国土交通省京浜河川事務所発行の「多摩川誌」「新多摩川誌」に詳しく記載されています。「多摩川誌」はこのホームページの電子図書館でご覧下さい。
(回答:郷土史研究家長島保先生に相談し作成)
昔の多摩川の形が分かる地図はどこへ行ったら見ることができますか? 昔の多摩川の形についてですが、江戸時代には全体的な地図は作成されておらず村ごとの切絵図や絵図でその時代の様子を知ることができます。絵図では「調布玉川惣絵図」(相沢伴主 著、長谷川雪堤 画 弘化2年1845年刊)が特によく知られています。これは「多摩川絵図−今昔―源流から河口まで」(今尾恵介 2001年(株)けやき出版発行)として復刻されていますのでお近くの図書館にお問い合わせください。
また、明治14年(1881年)には日本で始めての近代的な測量地図が作成されます。この地図は正確には「第一軍管地方二万分の一迅速測図」と呼ばれ、近代的な治水事業が始まる前の江戸時代の姿を残した明治中期の多摩川のようすを詳しく知ることができます。またそれ以降、明治後期からは現在の国土地理院の地形図に連なる5万分の1、2万5千分の1の地図が作成されています。これらの地図については(財)日本地図センターにお問い合わせください。(http://www.jmc.or.jp/
(回答:郷土史研究家長島保先生に相談し作成)
昔の多摩川には砂利を運ぶための砂利船という物が川をわたっていたと聞いています。
砂利船について詳しく調べられる所はどこかありますか?教えて下さい。
多摩川の砂利採取は、江戸から東京へと替り、道路・鉄道或いは官庁街の建設など近代的な都市づくりが進む明治10年代後半から本格化します。それ以前の多摩川の砂利採取は細々としたものと考えられています。
砂利採取は、下流の六郷など東京の中心市街地に近くまた、船で輸送できる場所から始まり、採掘船と運搬船を使用して行われていました。
採掘船と運搬船で採取・運搬できる区間は下流に限られているため、採取の場所は下流から徐々に中流向かって進み、輸送手段も鉄道が主流になります。多摩川沿岸の東京急行、京王鉄道、西武鉄道、或いはJR南武線などは当初、砂の運搬を目的に敷設されたものです。
これらのことは、国土交通省京浜河川事務所発行の「多摩川誌」「新多摩川誌」に詳しく記載されています。「多摩川誌」はこのホームページの電子図書館でご覧いただくことができます。また、下流の大田区のようすについては「大田区史・民俗」に平野順治さんが詳しくお書きになっていますのご参照ください。
(回答:郷土史研究家長島保先生に相談し作成)

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