| 前のページに戻る | 次のページを見る | 目次に戻る | 表紙に戻る |
東日本における弥生時代の墳墓は,土壙墓と再葬墓に大別されるが,その他,多摩丘陵において初めて明らかにされた例に方形周溝墓がある.この方形周溝墓は,宇津木遺跡(八王子市)において明確になったもので,それが弥生時代の墓の一類型であることが知られたのは最近のことである.
方形周溝墓は,字義そのままに,方形に溝を巡らし,その中央近くに土壙を有するものである.縄文時代以来,人を葬る際にその被葬者に与えられる壙面積はその人の遺体を入れる程度に過ぎなかったが,方形周溝墓の出現は,それを越えて,土壙の周囲の面積をも被葬者のために与えるものであった.葬法上の1つの変革としてとらえられるものである.
宇津木遺跡で発掘された方形周溝墓は4基であり,それが1つのグループを形成していた.その大きさは,1号−長径7.41m×短径6.05m, 2号−長径6.25m×短径5.5m,3号一長径6.82m×短径6.64m,4号一長径9.7m×短径7.9mであり,南北に相接して存在していた.そして2号と3号には,ほぼ中央部に土壙が検出され,その壙中よりガラス玉が出土した.また,周溝中よりは,後期後半の土器(壷・高坏・■・器台など)が不規則に見出されたのである.
このような方形周溝墓は,その後,各地域より知られるようになってきたが,多摩川の流域においても次第に発見例が多くなりつつある.その大部分は,後期の後半のものであるが,中に中期末のものも検出され,新しい資料が追加されるに至っている.
方形周溝墓の発見は,農業共同体の内部における葬法の1つの新しい型としてとらえられるものであり,それは高塚古墳出現の前夜のこととしてもとらえられているが,その性格は極めて在地性に富むものであり,壮大な高塚式の古墳と系譜的に同一のものとして理解することができない.