1.4 多摩川梨
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1.4.2 多摩川梨の分布

 多摩川梨の沿革でみてきたように,大師河原で始まった梨栽培は工業化・都市化によって上流へ立地移動してきた.今日1ha以上の梨栽培面積を有するのは13市で,栽培面積の合計は145haで,ほぼ小金井市の総耕地面積に匹敵する.

 戦後の栽培面積をみると1970年の168haをピークに以後減少している.今日最大の産地は相変わらず64haを有する川崎市であり,その中心は最北端で稲城市に接する多摩区(51ha)である.第2位は稲城市であり,1960年には川崎市とともに45haを有する産地であったが,その後の増加がないまま2位に止まっている.第3の産地は13haの日野市で,新興産地であるため1970年まで急増したが,以後減少に向かった.栽培農家数は戦後一貫して減少している.栽培面積を栽培農家数で割った平均梨園規模は,1950年の7aから1960年12a,1970年18a,1980年20aと年々大きくなってきている.零細経営が梨栽培を止めていったと考えられる.梨栽培の盛んな市は水田率が高いところでもある.多摩区の水田率は21.6%,稲城市30.8%,日野市43.6%であって,水田から梨園への転換は,両者とも低湿な土壌に適する点で容易であったと考えられる.(表8.3.7 多摩川流域の梨栽培面積及び栽培農家



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1.4 多摩川梨