4.3 中流地域のレクリエーション地
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4.3.3 武蔵野のレクリエーション地

 武蔵野の面影を残す東京西郊地域は,1951年(昭和26)3月15日武蔵野都立自然公園に指定されたが,その後都市化が進展して自然公園としての意義が失われてきたので,1980年(昭和55)3月27日付をもって指定を解除された.ここでは,住宅地域中に混在した主な都市公園のレクリエーション利用についてみることにしたい.

 まず,武蔵野市吉祥寺駅に近い井の頭公園は,武蔵野3大湧水池のうち最大の井の頭池を中心として展開している.1913年(大正2)に御料林が下賜され,4年後に恩賜井の頭公園として開園されたもので,緑豊かな環境の中に動物園・水生館・熱帯植物温室・資料館・彫刻館などが配置され,運動施設も整備されている.その入場者数は1974年(昭和49)には年間約110万人で以後停滞しており,季節的には3〜5月の春季に43%が集中している.

 小金井市を中心に小平市・田無市にも及ぶ小金井公園は,1940年(昭和15)に紀元2600年記念事業として小金井緑地が造成されたことに始まるが,第二次世界大戦後,農地改革で大半の敷地を開放し,その後,用地買収が進められて1954年(昭和29)に装いを新たにして開園された.現在,運動広場・サイクリングコース・古代住居復元集落などを配し,広々とした芝生と樹林が格好の休息の場を提供している.特に1,500本のサクラは見事で,玉川上水沿いのサクラ並木が枯れてきた今日,サクラの名所ともなっている.井の頭公園から移築された公園内の武蔵野郷土館は,1980年(昭和50)に15万人の入場者を集めた.さらに小金井市南部には府中市にまたがって,都立武蔵野公園が開かれており,小金井市は小金井公園に接する2つのゴルフ場や多摩霊園の一部をも合わせて,緑地空間が広い.

 調布市深大寺は732年(天平5)に満功上人が築いた古い寺で,東京西効の行楽地としても古くから親しまれてきた.3月3日〜4日の大祭にはダルマ市が催され多くの参詣者が集まる.深大寺に接して1961年(昭和36)10月に東洋一の都立神代植物園が開設された.旧神代緑地を基礎とした25.5haの広い敷地に,全国各地から集められた3,000種,7万本の植物が集められ植えられている.レクリエーション客の休養と教養に資することを目的としており,ウメ・ツバキ・サクラなど日本古来の花木を多く集める一方では,81種,3,500株のローズガーデンを造成している.1963年(昭和38)の入園者は78万人であり,その後100万人強へと増加したが,入場料が無料となった1972年(昭和47)には前年の倍近い200万人を教えた.しかし,1980年(昭和55)には79万人を示していて,減少に転じている.利用者の季節性をみると,3〜5月の春季に58%が集中しており,その他の都立公園と同様の傾向が認められる.神代植物園の開園に合わせて,深大寺門前に深大寺そばを看板に掲げた飲食店が急増するに至り,1956年(昭和31)には2軒にすぎなかったものが,1964年(昭和39)までに24軒も増加したのである(参101).

 以上のような,大規模な公園のみならず,武蔵野一帯には開発の歴史を物語るケヤキの大木の並木が各地にあり,社寺・史跡,運動場・小公園・緑地などにも恵まれていて,散策やレクリエーションに利用されている.表8.3.40のように市立公園や市立児童遊園は1965年(昭和40)以後に急激に増えており,都市化の進展に伴う緑地の減少と,その対策としての公園整備を進められた事情がよく示されている(参102).規模の大きな都立公園を有する市では,市の面積に対する公園面積の比率が高くなり,小金井市の4.6%をはじめ,府中市3.1%,武蔵野市2.3%,調布市2.0%などとなっている.また,人口1人当たり公園面積も小金井市5.1m2と府中市4.8m2が極端に広く,公園に恵まれているといえよう.



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4.3 中流地域のレクリエーション地