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武蔵野へ進出したもののうち,最も大きな要素は住宅である.それは武蔵野が静かで空気がよく,高燥な台地が住宅地として好適であり,しかも都心への交通の便に恵まれているからである.東京の住宅地の地域的発展を大局的にみると,関東大震災までの山の手環状線内の充填を第1期,以後第二次世界大戦までの山の手線外の新区部への発展を第2期として,戦後の第3期は新区部の充てんとともに,区外及び近県への著しい発展がみられる.第3期において武蔵野への住宅進出は特に著しい.
こうして近郊の村落は郊外住宅地に変わり,武蔵野・三鷹・小金井・国分寺・国立・小平などの多数の近郊住宅都市が生まれた.また府中や調布のように,かつての宿場町から起こった地方都市も,東京の発展の影響を受けて住宅を主とする近郊都市に生まれ変わってきた.
武蔵野における住宅地の発展をみると,各地区にわたって年とともに伸びている.しかし,その進度は交通線ごとに異なっていて,中央線沿線が最も早く,第2は京王帝都電鉄沿線,第3は西武新宿線沿線,第4が西武池袋線沿線の順であり,鉄道から離れた北多摩北西部の地区が最も遅れている.これは各線・各地区の都心への近接度と,都市発展の順が影響していると考えられる.次に同じ交通線上でも,通常都心に近い東側の地区ほど発展が早いが,必ずしもすべてがその順にならないのは,それぞれの地域の発達の事情などによるものであろう.
また地図上で市街地の伸長状況をみると,いうまでもなく,鉄道に沿った所が早く市街化し,その中間が取り残されて,いわゆるさざえ形の発展をみせている.しかし,最近の傾向をみると,戦前はあまり住宅化しなかった交通線間の不便な土地への飛地的な発展がめざましくなってきた.この現象は,はじめ集団住宅に多くみられ,安い地価でまとまった土地を入手するために,交通線間の不便な土地に集団住宅地が多く建てられる傾向にあったが,その後,一般住宅にもこの傾向が強くなってきた.この理由の1つには,郊外バスの発達もあるが,大きな原因は地価による制約であって,駅付近の地価の高騰が,不便な中間地帯への進出を促進しているのである.その点で,前記の住宅地発展段階について,1955年住宅公団発足後の飛地的な住宅地発展期を第4期として区別することができる.
このような住宅地発展の過程を詳しくみるために小金井市を例にとってみる.ここは多摩川の支流の1つ,野川に沿った武蔵野の純農村であった.ここが東京の住宅地として発展したのは,関東大震災後まもない1926年(大正15),村の中央に電車駅が設けられてからである.中央線に沿って都心まで25km,乗換なしで行ける便利な交通上の位置をもち,武蔵野台地の一角を占める環境静かな高燥地は,よい郊外住宅地とされ,駅を中心として住宅が建てられるようになった.しかし,このような初期の郊外住宅地は,関東大震災後に表れた田園都市的住宅でごく少数のものにすぎなかった.そして,小金井は1937年(昭和12)町制を施行したが,当時としては東京の住宅発展の勢いは強く及ばず,都市的色彩は薄く,むしろ工場・軍事施設・緑地など大都市の周辺にできる諸施設が分散的に入ってきたに止まった.ところが,第二次大戦後,東京の異常な膨張により,区部から武蔵野・三鷹を経て北多摩にあふれてきた東京の人口は,小金井の急激な住宅都市化を招来した.山林や畑地が開かれて,住宅地となり,軍施設や工場も住宅地や学園へと転換した.そして人口3.8万をもって町の境域のまま単独市制を施行するに至った.(表8.4.8 小金井市の発展段階)
その後の住宅の進出は特に激しく,都市施設も多く作られ,10万都市に成長した.しかし地価の高騰に伴い,将来の値上がりを待つ荒廃農地も目立ち,また地割の極端な細分,道路の不規則,宅地の散漫的,恣意的開発がみられ,都市施設も住宅の急激な発展に追いつかない.いわば全体として不規則な開発(Urban Sprawl)の現象が顕著である.こうした無秩序な都市化は,小金井だけでなく,急激な都市化の道を歩む近郊地域の共通性である.
郊外住宅の開発形態としては,小金井のような自然的発展によるもののほかに,計画的集団的開発によるものが多い.第二次世界大戦前,学園を中心として住宅地の計画的開発が行われた例は,国立市や小平市などがあるが,これは別項(2.2.4)で述べる.戦後,都営住宅や日本住宅公団(現在は住宅・都市整備公団),東京都住宅供給公社など,公営・準公営の集団住宅建設や宅地開発が盛んとなった.
この中には,多摩平(日野市)の2,792戸,桜堤(武蔵野市)の1,829戸,ひばりが丘(東久留米・田無・保谷3市にまたがる)の2,714戸,国立富士見台(国立市)の1,959戸など,極めて大規模な団地の開発がみられる.このような集団住宅の大量建設により,世帯数に対する集団住宅の占める割合は極めて高い.しかし,このような集団開発自体が,急激な都市化のため,都市施設の不足,遠距離住宅地の発生,交通の混乱,近接地の地価暴騰など,いろいろの問題を惹起している.(図8.4.19 小金井市の地域構造)