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水稲作を中心とする農業立国政策を採ってきた島国日本において,近代行政の入り込む以前の藩政時代における河川事業は,洪水の氾濫防止を目的とする治水事業と農業利水を図る利水事業とは,渾然一体のものであって,手掛ける技術者も同一人物であった.
ところが明治維新によって外国から取り入れられた河川行政は,ヨーロッパ方式の水運を主体とする低水工事であった.その趣旨は,洪水を防御する治水は,一地方の問題であり,舟運(当時の日本においては米)を図る低水工事こそが国家の問題であると考えられていたためであり,キャナリジェションの発達していたヨーロッパでは適正であったろうが,地形的,気象的条件の違う日本においては,各地方にとっては洪水防御のほうが大問題であって,これに国家の援助を要請する声が極めて強く,1896年(明治29)河川法が制定されることとなった.この旧河川法は,今まで述べたように,これが制定されるまでの経緯を反映して,治水工事を実施するための河川工事法的色彩が強く,治水に重点が置かれ,利用に関しては利水も含めて,治水上の見地からする取締り的な管理をして行こうという考え方が強かった.
こうした治水一辺倒ともいえた河川行政に対し,大正末期から昭和初期にかけて,河水統制思想が芽生え,洪水調節と一体化した河水の利用について新しい見解を持った先覚者が現れた.しかしながら河水統制に関しては,河川行政を担当する内務省の他に,農業水利担当の農林省,水力発電担当の逓信省といった各省の思惑も絡み統一的な形とならず,河水統制事業としては,戦前の昭和10年代バラバラの形で幾つか数えるほどしか行われなかったのが実態であった.
戦後,戦中荒廃した国土を復興するための治水事業,残された内地・北海道の土地だけで,外地からの引揚げにより急増した国民を養うための食糧増産,傾斜生産方式の確立に必要なエネルギーを確保するための石炭増産と並ぶ水力発電,これらの重要課題を一挙に解決するための方策として,河川総合開発事業が脚光を浴び,これがやがて特定多目的ダム法の制定(1957年)へと発展した.
その後日本の経済は,復興から急激な高度成長時代へと進み,目覚ましい発展を遂げるに従い,工業用水,都市用水の急激な需要増加が生じ,農業用水を主体とした昔の自然的な河水利用といった形とは違った意味での真の利水が,治水と並んで重要な河川行政の両輪を占める時代となった.このように利水が単なる許認可という管理行政ではなく,計画から事業実施に至るまで重要な河川事業の一環を占めるようになると,旧河川法では対処し切れなくなり,治水・利水を重要な二本の柱とし,水系一貫管理を目指した新河川法が制定されたのが1964年(昭和39)である.
しかしながら,日本経済の高度成長はとどまるところを知らず,その弊害として公害問題がクローズアップされ,さらに環境問題へと発展してきたのは,昭和40年代半ばからであり,いわゆる工業化社会から,脱工業化社会あるいは情報化社会へと社会経済情勢が変貌するのと期を一にするものである.このような時期的ずれから,旧河川法から新河川法に代わっても,河川環境という言葉は出てきていなかった.
河川環境に類するような事項に関連すると考えられる条項を挙げると,第1条(目的),第2条(河川管理の原則等),第16条(工事実施基本計画),第29条(河川の流水等について河川管理上支障を及ぼすおそれのある行為の禁止,制限又は許可)等が考えられるが,その本文,施行令,省令いずれについても,河川環境の言葉はない.
第1条(目的)では,「この法律は,河川について洪水,高潮等による災害の発生が防止され,河川が適正に利用され,及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより,国土の保全と開発に寄与し,もって公共の安全を保持し,かつ,公共の福祉を増進することを目的とする.」としており,治水と利水が二本の柱であることを明確にしている.もちろん,「河川が適正に利用され」には,河川敷の占用,砂利の採取等河川空間の利用も当然に含まれてはいるが,主体は及び以下の流水の正常な機能の維持から察せられるように利水であった.
河川空間利用についても,最初は環境問題よりも,過密都市に残された貴重な空間としての河川敷が着目されたわけで,裏に隠された経緯はともあれ,表向きの大義名分は,東京オリンピック開催を契機とする,国民の体位向上に資するための河川敷開放であり,1965年(昭和40)12月,事務次官通達による「河川敷地占用許可準則」も,本来公共的空間である河川敷地を,如何に利用させたらよいかを定めたものであって,通達の主文において,占用を許可するものとして,
(1)公園,緑地及び広場
(2)一般公衆の用に供する運動場(営利を目的とするものを除く.)
(3)児童,生徒等が利用する運動場で学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する学校が設置,管理するもの
(4)採草放牧地その他これに類するもの
(5)その他営利を目的としないもので,その占用の方法が河川管理に寄与するものと具体的に列挙している.
「河川敷地占用許可準則」そのものにおいては,第3(占用許可の基本方針)において,“河川敷地の占用は,当該占用が次の各号に該当する場合であって,かつ,必要やむを得ないと認められるものに限り許可することができる.この場合においては,その地域における土地利用の実態を勘案して公共性の高いものを優先させなければならない.
1.当該占用により治水上又は利水上支障を生じない場合
2.当該占用により河川の自由使用を妨げない場合
3.当該占用により河川及びその付近の自然的及び社会的環境を損わない場合”としており,ここに初めて環境の一般的通念である自然環境,社会環境の言葉が使われたが,やはり初めに述べたように,一般的通念とはやや異なる河川環境という言葉は,登場していない.