1.1 多摩川流域の植生の概要
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第3章 生物

第1節 植生

1.1 多摩川流域の植生の概要

 多摩川流域は大菩薩嶺(海抜2,057m),雲取山(2,018m)など2,000m級の山地から東京湾の0mまでの高度範囲にわたっている.水平的には約120kmとわが国では特に長い河川とはいえないが,広い高度範囲は亜高山針葉樹林帯,夏緑広葉樹林帯および常緑広葉樹林帯(照葉樹林帯)の3つの植生帯を成立させている.言い替えれば多摩川は針葉樹林域を源流域とし,夏緑広葉樹林域で流量の大部分を集め,常緑広葉樹林域で人間の生活をはぐくんでいることになる(Miyawaki,Okuda1972,奥田1972,1978)(参6).

 多摩川流域の植生をこれらの3つの植生帯に分けて概観してみよう.流域の植物群落は既に河辺植生が41,流域に25,計66の群落単位が明らかにされている(奥田1975)(参4).同時に作成された多摩川流域現存植生図(5万分の1)では50の凡例にまとめ,群落の配分が図示されている(奥田・藤間・井上・箕輪1977)(参1).

 針葉樹林域は植物社会学的な立場からコケモモ−トウヒクラス域と呼ばれる植生域に対応している.このクラス域はわが国では北海道,本州,四国の亜高山帯から一部は高山帯にかけて広く分布しているが,多摩川流域では海抜1,750〜1,800mより高海抜地に分布している.ここではシラビソ林(シラビソ群集)やコメツガ群落などの自然植生が主要な群落で,大菩薩嶺,雲取山,飛竜,唐松尾山などにこれらの植生域がみられる.しかし,笠取山,将監峠などにはカラマツ植林と化しているところも少なくはない(奥富1974)(参7).

 夏緑広葉樹林域はブナクラス域に対応している.高度範囲はおよそ600〜1,750mにあり,多摩川の上流部では最も広く,地形的にも変化の多い地域である.この地域は水源として最重要の地域であるため,自然状態で保護されている森林面積も広い.したがって最も生物相の豊かな地域でもある.

 ブナクラス域の植生で代表的な森林はブナ林(ツクバネウツギ−ブナ群集,オオモミジガサ−ブナ群集)とイヌブナ林(イヌブナ−ブナ群集)である.ブナはブナクラス域の中では岩角地や渓谷などの極端な立地を除く中生立地で優占し,高さ20m内外の森林を構成する.イヌブナはブナと混生するが海抜1,450mを上限とし,低海抜地に生育している.ブナの自然林は本流では黒川谷付近,支流では日原川上流の日陰名栗沢や小川谷などに集中的に残存している.尾根や岩角地ではツガ林(コカンスゲ−ツガ群集)が帯状に生育している.一方渓谷沿いにはシオジ林(ミヤマクマワラビ−シオジ群集)が発達している.この2つの群落はいずれも上述のブナ自然林に接して生育している.これらのブナクラス域の自然植生も伐採等の人為的な干渉によって二次薪炭林(クリ−ミズナラ群集)やスギ・ヒノキ植林,カラマツ植林などに退行している.

 海抜600m以下の丘陵地,台地,低地はヤブツバキクラス域である.この植生域の自然植生はシイ,タブ,カシなどの常緑広葉樹林であるが,これらの自然林の生育域は古くから人間の定住するところとなり,残存林分は極めてまれとなり,植生図上からクラス域を判定することが困難なまでになっている.関東地方のヤブツバキクラス域の自然植生は内陸部にカシ林,海岸部にシイ・タブ林が分布するが,内陸部のカシ林にはウラジロガシ,アカガシなどの高木に混じって針葉樹のモミが随伴する場合が多い.高尾山周辺にはこのようなモミ・カシ混生林が存在している.武蔵野台地から多摩低地にかけての崖部はハケと呼ばれ,湧水がみられるが,この斜面部にシラカシとケヤキの混生林(シラカシ群集,コクサギ−ケヤキ群集)が生育し,崖線に沿って切れ切れに細長く分布している.シイ・タブ林域では残存林は皆無に近く,かろうじて丸子橋付近の急崖地にアカガシを伴ったシイ林(ヤブコウジ−スダジイ群集)が小規模に残存している(富士,曽根1976)(参10).

 ヤブツバキクラス域の現存植生の多くは代償植生である.多摩丘陵付近は現在でもまだコナラ,イヌシデ,ヤマザクラなどの茂る二次薪炭林(クヌギ−コナラ群集)が残存しているが,大規模な新都市形成によって急速に減少しつつある.緑地面積の減少は必然的に流域の水質の悪化の原因となり,その負荷は下流方向に少なからぬ悪影響を与えている.



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1.1 多摩川流域の植生の概要