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ウスバアゲハ(=ウスバシロチョウ)はアゲハチョウ科の中でギフチョウと並んで比較的原始的な形質を残した種とされる.多摩川流域では高尾−五日市−青海を結んだ線より山地側に分布している.その発生地域は山深いところではなく,谷間の開らけた場所で,散在する人家や畑地の周りなどに多い.
幼虫の食草ムラサキケマンの生活史は,この蝶にとって重要な意味を持っている(参25).春先に花を咲かせたムラサキケマンは熟した種子を勢いよく周囲にはじき飛ばし,そして枯れてしまう.翌早春に孵化した幼虫はこの種子からの実生を求めてさまよわなければならないのである.ムラサキケマンは背の高い植物ではない.それゆえ他の植物より1日でも早く,他が伸長しないうちに春の陽を利用しなければならない.植物群落の遷移が進んで森林になったり,草丈の高い植物に覆われてしまったら,ムラサキケマンは消滅する以外はないのである.恐らく遠い原始の昔から,ムラサキケマンは遷移の早い段階の場所を次々と求めてさまよってきたであろう.人の手による森林の伐採や開墾はそれゆえムラサキケマンにとって大いに力となったはずである.深い山中や森林地にウスバアゲハが分布せず,人家近くに多い理由は,まだ断定はできないがこのような人為の影響がプラスに働いているからといってもよさそうである.
“自然の保護”は決して自然の放置ではないともいわれる.もしこの蝶を保護しようとして発生場所をずっと放置しておいたら,数年とはいわないが,長年月の間には遷移が進み消滅してしまうであろう.それだからといって秋から早春にかけてムラサキケマンの実生があり,この蝶の卵が産み付けられているであろう場所を耕作したり,火入れをしたりしたら,その場所の個体群は全滅してしまう.“今のままの状態”に保つこと,その大切さをこの蝶の生活が教えてくれている.
ゴマダラチョウや国蝶オオムラサキの幼虫はエノキの葉を食物としているが,冬の間は食樹エノキから地面に降りて樹の周囲の枯葉のなかに潜って越冬する.樹の回りの落葉を取り除いてしまうことは,この蝶にとって致命的である.かつては23区内にも広く分布したこれらの蝶の消滅の理由の1つとして,公園や庭先のエノキの樹の周囲の掃除が挙げられたらどうであろう.落葉を掃除するという人間の側にとってはどちらかといえば“良い事”も,それが今後本当に“良い事”なのかどうかもう一度検討を要することなのである.