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現行の河川法は,1964年7月に公布され,1965年4月から施行された.約70年間機能してきた従来の河川法(1896年制定)は,その後一般に,「旧河川法」と称されるようになった.西川(参6)によれは,新河川法は,各河川の沿岸地域の開発が進み,治水および利水の両面から,水系を総合的に管理する必要性が高まったために制定されたものである.旧河川法の時代は,治水のための工事が主であったのに対して,新河川法では,洪水や高潮の防止はもちろん,河川の適正利用を含めて,総合的に河川環境を管理しようとする意図が読み取れる.
新河川法の制定された1964年ごろの多摩川の高水敷には,一般企業の運動場41個所,公共団体の運動場20個所,ゴルフ場6個所,自動車練習場3個所,飛行場1個所,競馬練習場1個所および農耕地などを含めて,合計約376haが利用されていた.しかしそのほとんどは,民間企業が利用しており,一般に自由に利用できる運動場などは少なかった.
一方,こうした新河川法の制定による動きとは別に,1960年5月は衆議院決算委員会において,本来,公共用地であるべき河川敷地内にある多数の営利企業によるゴルフ場や自動車練習場が,占用のうえから問題とされた(資料1).このような動きもあり,河川敷地の占用に対する許可基準の制定が望まれた.
新しい河川法は,前述のように1965年から施行されたが,河川敷地の占用の許可基準をまとめた「河川敷地占用許可準則」は,建設大臣から諮問を受けた河川審議会の答申を受けて,1965年12月に関係各機関に通達された(資料2および資料3).この通達および河川敷地占用許可準則によって,次のような点が明確にされた.
イ.占用施設について
河川敷地は,公共用物として,本来一般公衆の自由なる使用に供されるべきものであるので原則として,その占用は認めるべきではないが,社会経済上必要やむを得ず許可する場合にも次の各号に掲げる施設のためにする占用以外は許可しないものとした.
(イ)公園,緑地及び広場.
(ロ)一般公衆の用に供する運動場(営利を目的とするものを除く).
(ハ)児童,生徒等が利用する運動場で学校教育法に規定する学校が設置し,管理するもの.
(ニ)採草放牧地その他これに類するもの.
(ホ)その他営利を目的としないもので,その占用の方法が河川管理に寄与するもの.
ロ.占用の期間について
占用の許可の期間は,公園,緑地,運動場,その他これに類する施設のためにする占用にあたっては5年以内,その他の施設のためにする占用にあたっては3年以内において,当該河川の状況,当該占用の目的及び態様等を考慮して必要最小限度のものとしなければならない.
また,当該期間の経過後,期間の更新を拒否しても損失補償の問題を生じないようにするものとすること.
ハ.既存の占用に対する措置について
(イ)準則に適合しないものについては,当該占用の実態,経緯等を勘案して,具体的な改善計画を樹立し,逐次,準則に適合するように措置すること.
(ロ)公園,緑地等が不足している都市又はその周辺の河川敷地については,地方公共団体の公園担当部局等と連絡を密にして,河川敷地の公園,緑地等への開放計画を樹立し,すみやかに,一般公衆の利用に供しうるよう措置すること.
二.都市河川における特例について
公園,緑地等が不足している都市内の河川又はその近傍に存する河川の敷地で一般公衆の自由なる利用を増進するため必要があると認められるものについては,公園,緑地及び広場並びに一般公衆の用に供する運動場のためにする占用に限って許可するものとする.
なお,都市河川の選定については,通達の5により,河川敷地の状況及び当該都市における公園,緑地等が不足している状況に応じ,あらかじめ,河川管理者が準則第9を適用する区間を定めておくものとされており,現在,都市河川として次の区間が定められている.
多摩川 日野橋から海に至る 約40km
荒 川 笹目橋から海に至る 約30km
江戸川 流山橋から海に至る 約22km
淀川 左岸 天野川の合流点から海に至る 約27km
右岸 芥 川の合流点から海に至る 約27km
(関東地方建設局河川部水政課:『第一次,第二次河川敷開放計画及び実施計画結果調書』,1981年による)
新河川法のもとで,このような多摩川の河川敷地の一般への開放計画を策定する契機となったのは,建設省(参7)によれば1964年10月に開催された東京オリンピックであった.1964年12月には,「国民の健康,体力増強対策について」閣議決定がなされた.この中では,体力増強,スポーツおよびレクリエーションを普及することが,重点事項のひとつとしてとり挙げられ,必要な施策の整備を計画的に推進することが決定された.これを受けて,1965年3月には,体力づくり関係閣僚協議会と関係各省の事務当局で構成された体力増強対策協議会が設置され,国民一般が家族づれで日常気軽に体力づくりに親しめるような「国民広場」というべきものを,大都市周辺の河川敷地を利用して設置することなどの決定をみた.また,同年の3月および1966年6月には,衆議院体育振興特別委員会において,河川敷地の利用についての決議がなされた(資料4および資料5).